映画のミカタ

「ふがいない僕は空を見た」公開中

今年観た邦画の中で、
最も「ああ、なんて丁寧に作っているんだろう」と感じたのが、
瑛太の弟、永山絢斗主演の「ふがいない僕は空を見た」である。

ⓒ「ふがいない僕は空を見た」製作委員会 ※画像転載禁止
東京テアトル配給 R-18指定
11月17日(土)より札幌シアターキノで公開中
公式サイト=http://www.fugainaiboku.com/

高校生の斉藤卓巳(永山)は、
助産院を営む母・寿美子(原田美枝子)と2人暮らし。
現在、アニメの同人誌イベントで知り合った主婦・あんず(田畑智子)と
コスプレ不倫中だ。
あんずこと里美は、マザコンの夫と2人で暮らすが、
姑から執拗に子作りを強要され、辟易していた。

卓巳の同級生で幼なじみの福田(窪田正孝)は、
団地で極貧の生活に耐えつつ、コンビニでアルバイトをしている。
ともに暮らす祖母は痴ほう症で、
家を出て男と住む母親への借金の督促は後をたたず、八方塞がりの毎日だ。

ある日、コスプレ姿で情事にふける卓巳と里美の写真と動画が
ネットでばらまかれ、高校でも瞬く間に広がる。
周囲の目に耐えかねた卓巳は、家に引きこもるが…。

 さすが兄弟だな、と思うのだが
今の永山は、テレビドラマ「オレンジデイズ」(2004年)の頃の瑛太に印象がそっっくり!
あれは8年前、瑛太が21歳の頃の作品であり、
この映画収録時の永山が22歳と知って、心から納得した。

はっきり言って「オレンジデイズ」の頃の演技では、
私は瑛太の役者としての可能性を計りかねていた。
当時、すでにある程度完成されていた妻夫木くんや柴咲コウと違って
未知数だったし、コレという引きもなかった。でもここ2年で、彼は別人のように伸びた。

今の永山もまた、私にとっては未知数である。
その分、脇で貧窮に苦しむ同級生を演じた、窪田正孝の演技が非常に目立った。
特に、やるせなさと屈折した心情の表現が、素晴らしい。

しかし、窪田もまた、向井理と共演した
「僕らは世界を変えることができない。」の演技を昨年観た時は
私のアンテナにピンともカンとも響かなかった。
俳優は、どのタイミングで成長するかわからない。だからこそ、面白いのだ。

山本周五郎賞を受賞しているくらいだから、原作小説もおそらく相当良いのだろうと思うが、
この個性的な映画の「品」を保っているのは、タナダユキ監督の演出手腕につきると思う。

「個性的」というと、ぶっとんだ感じだったり、不条理で分かりにくい感じだったり
極端な作品を思い浮かべがちだが、さにあらず。

わかりやすく言うと
登場人物の手元が見えないシーンでセリフが続いているとして
次の瞬間、その人物が泣くのか、笑いだすのか、それともナイフを付きつけるのか、
どう展開するかわからない「緊張感」が画面に張り詰めている、そんな作品である。

丁寧な演出によって導き出された、独特の空気。
描かれるテーマは「生」と「性」、かなり深い。
なのに、ストーリーの分かりづらさは微塵もない。

助産師の母。不倫にハマる僕。不妊治療を強いられる主婦。
母親がなぜ自分を生んだのかと悲嘆する青年…。
人間は複雑な感情を抱えた動物である。

「生きていくこと」は単純ではない。でも生きているからこそ、痛みも悩みも存在する。

それを乗り越えることが必要ない日々に、
果たして「自分が前に進んでいる」感覚はあるだろうか。

少なくとも、この映画の登場人物たちの多くは、
山あり谷ありな人生を歩いている「今」を、実感できているのだと思う。

求めずとも周囲の環境が整い過ぎ、生きる意味すら見失いがちな現代において、
それはきっと、とても大切なことなのだ。

 

「ふがいない僕は空を見た」

11月17日(土) 公開

2012年日本東京テアトル2時間21分

タナダユキ監督

永山絢斗、田畑智子、窪田正孝、原田美枝子、三浦貴大ほか 出演

矢代真紀

WORD WORK  矢代真紀(やしろまき)

1968年、稚内生まれ、札幌在住の映画ライター。
編集プロダクション兼出版社に12年間勤務し、2001年に独立。
これまで23年間札幌の試写室に通い、作品紹介やインタビュー原稿を執筆。